北の港町に降り立った坂田銀時は、そこからバスに乗って桂小太郎に教えてもらった旅館へと向かった。
「北へ行くことがあったら、ここを宿にすると良い」
と彼に、地図を渡された。
南の桜はとっくに散ったのに、北国の花は今を盛りに咲き誇っていた。
土方十四郎が亡くなっても、時はきちんと流れ春が来たのが、不思議だった。
「こんなに明るい季節に、来るべきじゃなかったかな」
と銀時は独りごちた。
だが、バスの外を見るとあちらこちらに戦の傷跡が残っていて、それが満身創痍の土方の姿と重なって銀時は顔を背けた。
やはりこの地は生々しくて、訪ねるのは早かったのかもしれない。
宿の女将に桂の名を告げると、
「新政府の大将さんね」
と言って笑った。
「そ。向こうは偉くなっちゃったけどね、俺はただの街の万事屋(よろずや)だから」
銀時の言葉に寂しさを感じたのか、女将は、離れの部屋にもう一人桂の知り合いが泊まっていると言った。
銀時は、顔をしかめた。
こんな所まで来て、新政府の人間と顔を合わせるのは嫌だった。
何となく、仇のような気がした。
部屋に案内される時、その離れの部屋を横目で見た。
大きな庭に面した・・・と、その景色に見覚えがあった。
銀時は引き寄せられるようにふらふらと、そちらの方へ歩いて行く。
「間違いない」
今は桜の花のせいで華やかな雰囲気だが、その庭は確かに桂と土方が会っていた、あのDVDに映っていた場所であった。
あの時の暗い空、残雪のわびしい光景はなかったが。
ふと銀時は、離れの部屋を見た。
(どんな奴が、泊まっているんだろう。
できたら、部屋を代わってもらいたい)
朝な夕なこの景色を眺めながら、自分に向かって語りかけてくれた土方の姿を思い出していたいと、切実に願った。
銀時は、障子越しに部屋に向かって声をかけた。
が、人のいる気配がしない。
出かけているのかと、がっかりしていると、コツンコツンという音がする。
「?」
と音のする方を見る。
すると向こうから、松葉杖だろうか、それにすがりながらこちらへ歩いて来る人がいる。
「やめてくれよ」
銀時は切なくなる。
DVDの中、土方が背を向けて去って行った方向から現れるなんて、まるであいつが帰って来たみたいじゃないか。
たぶん、この離れの部屋に泊まっている人間だろう。
その男が立ち止まり、着流しの懐から何やら取り出した。
ごそごそと動いていたと思ったら、ちょっと顔を上げ空へ向かって、紫の煙を吐いた。
「煙草か・・・ふうん」
銀時の目は、その男に釘づけになった。
彼のその仕草が、DVDの中の土方と重なった。
青く暖かい春の空へ、煙草の煙が吸い込まれていく。
そこへ桜の花びらが、ひらりと舞い下りてくる。
手を伸ばして、それを受ける男。
DVDの中の土方と、ぴったりと重なった。
手を伸ばして、雪を受けていた土方の姿と。
だが、人違いかもしれないという恐れが、銀時の喉を締めつけてしまってその人の名を呼べない。
彼でなかったら、きっと自分はもうその場に立ってはいられない。
ただ黙って、その男の方へ歩みを進めた。
男も、気配を感じて銀時の方を見た。
(彼は俺を見て、どんな表情をしている?)
だがその人は松葉杖をつきながら、一生懸命回れ右をして逃げようとしている。
「ああ、俺だってこと、わかったんだ」
銀時は走り出した。
男のすぐ後ろに立つ。
「十四郎・・・」
その名をずっと声に出して言っていなかったから、うまく呼べたかどうかわからない。
だが、彼は動きを止めた。
彼を怯えさせないように、銀時はゆっくりと前へ回る。
男は、顔をうつむけたままだ。
その顔にかかる髪が・・・。
「髪が・・・伸びたね、十四郎」
今度は、声がかすれてしまった。
松葉杖にすがっている土方の腕を、優しく掴む。
少し強い風が、吹いた。
まだ冬の気配を残しているそれは、頬に冷たかった。
慌てて銀時は、自分の胸の中に土方を抱き込んだ。
風が彼を連れ去ってしまいそうで、怖かった。
桜の花びらが舞う中、銀時は「ごめん」と「ありがとう」を繰り返す。
「ごめん」は抱きしめた土方に、「ありがとう」はたぶんこの世のどこかにいる神様に。
いや、ヅラに言うべきなのかな。
土方は、と言えば、ずっと銀時の腕の中で「駄目だ」と言っていた。
執務室で、桂は受話器を置いた。
戦時中、世話になった北の国の旅館の女将からだった。
「もう絶対に、離すなよ、銀時」
ルール違反だとは思ったが、桂は会見のすぐ後に、録画された土方の銀時へのメッセージを見てしまった。
もしも土方が銀時の一番大切なものだとしたら、友人である自分は彼からそれを奪うことはできない。
迷っているうちに、新政府軍の憎しみの銃弾が、土方を貫いてしまった。
虫の息になっている彼に治療を施し、あとは彼の運に任せることにした。
「この北の地で、あがいて生きていけ、と桂は言ったんだ」
「うん」
銀時は、背を桜の木に預けて座っている。
その膝の上に、土方を座らせている。
銀時の腕が、彼を抱きこんでいる。
「それが、彼の復讐だそうだ」
言ってから土方は顔を歪めて、銀時を見た。
「痛エよ・・・」
銀時は土方の手を握りしめ、足はしっかりと土方の腰を抱えこんでいた。
「だって、手を繋いだだけじゃ、おまえ、逃げちゃいそうだから」
土方はため息をついた。
「おまえは江戸、今は東京っていうんだっけ?
そこへ帰れ」
「何で?」
「おまえには、あそこに生きる場所があるだろ」
「ここにもあるよ。
おまえの隣」
「駄目だ」
またその言葉を、土方は繰り返す。
「俺は、もう死んだんだ」
「てめエ、生きることをあきらめちまったのか」
銀時の声が、怒気を含んでいる。
「俺が生きているとバレたら、近藤さんが処刑されてしまう
俺を生かした、桂だって」
銀時は、土方の髪を手で梳いた。
「味方もいないこの地で、おまえを独りぼっちになんかさせられない」
何とかして、銀時を言いくるめなくてはと思う土方だったが、彼自身わかっていた。
自分の言葉は全て、自分への言い訳なのだと。
自分と銀時の心を止める力になど、なっていないのだ。
二人は生きて再び、出会ってしまったのだから。
「戦が終わって新しい世の中になって、皆、自分の幸せを探し始めた。
おまえだって、そうしていいんだ」
銀時の顔が土方の顔に、近づいてくる。
土方は真っ直ぐ、銀時の目を見た。
ごまかすことのできない自分の心が、映っていた。
銀時の唇が、土方の唇を捕らえた。
口づけは深く濃く、波のように土方の唇から身体へと、引いては押し寄せる。
(どうしよう、銀時。
俺はもう、幸せを見つけちまった・・・)
風が二人の仲を妬んだのか、桜の枝を揺らした。
花びらが二人の間を邪魔するようにはらはらと落ちてきても、二人が離れることはなかった。
北の地に国をもらうことはできなかったが、海の見える町に小さな家を借りた。
水族館を建てる代わりに、金魚鉢をひとつ買った。
金魚をその中に入れて、
「あ、しまった」
と銀時が言う。
「何?」
「多串(おおぐし)君は、金魚を育てるのがうまいんだよ。
この金魚鉢、すぐに小さくなっちまうな」
銀時は悪戯っぽい目で、土方を見た。
「懐かしい名前だな」
土方がくすくす笑った。
「今日、ひとつ、笑ったね」
銀時が、土方をその笑顔ごと抱きしめる。
そうやってひとつひとつ、笑顔が増えていけばいいと思う。
今日ひとつ笑ったら、明日はふたつ笑えるように。
たぶん、笑顔になれない日もあるだろう。
そうしたら、また一からやり直す。
そんなささやかな時を積み重ねていく暮らしが、北の町から始まった。
(おわり)
☆ あとがき
皆様、SKIPのわがままにつきあって、最後まで読んでくださってありがとうございました。
しかし、この二人がこのまま大人しく、余生を送るとは思えないですね。
トラブルに突っ込んで行ったり、呼び寄せたりと、大暴れな日々を送ったと思います。
(勝手な想像)